ドキュメンタリー映画とは「相手に撮らせてもらう」のか?「相手を撮ってあげる」のか?

原一男[ドキュメンタリー映画監督] *** (本連載のこれまでの記事はこちら) ドキュメンタリー映画監督・小川紳介(1935〜1992)率いる小川プロダクションの「作品を作る態度」「覚悟」「美学」といったことに触れておきたい。 三里塚シリーズを6本作り終えて一区切りをつけた小川プロダクションは、次なるベースを求めて山形へと移住した。それは1974年春のこと。ここで、さらに10年以上の時が流れていくことになる。 60年代から70年にかけて小川プロの新作が発表されるたびに、私は上映会場に駆けつけた。そして毎回、「自分も何かしなければ」と大いなる刺激を受けたものだ。三里塚から山形へと転移して、山形シリーズが発表され始め、もちろん、勇んで見にいくわけだが、ひとつの疑問が私の中で芽生え始めた。・・・・[続きはコチラ]